こんばんは。
気づけば令和になってもう4年が経つんですね。令和といえば4年前のちょうど5月から元号が変わりましたが、当時は新元号へのお祝いムードとともに令和ブームみたいに、令和の名を冠したものがよく登場したものでした。令和の1個前の平成の時もここまでお祝いムードで離れなかったとは思いますが、それでも平成を冠するものが多く出ていたはずです。
今回はそんな平成を冠した社名のパイオニアである平成筑豊鉄道の完全踏破を目指していきます。平成筑豊鉄道は福岡県の北九州地方、直方市や行橋市、また田川郡を中心に路線を3路線持っている会社です。今回の旅はJRの後藤寺線及び日田彦山線との接続駅である田川後藤寺駅からスタートします。
ローカル私鉄にありそうな気動車が国鉄型の気動車に囲まれて停車しています。まず、今回乗車するのは糸田線です。平成筑豊鉄道は全路線が元国鉄から引き継いだ路線になっており、この糸田線も国鉄糸田線、JR糸田線から引き継いだものになります。平成筑豊鉄道のホームは日田彦山線と後藤寺線に挟まれるような形で1面だけ設けられてます。
ローカル線らしく1両編成の気動車に乗車しました。写真には上げてませんが、この日は平成筑豊鉄道の乗客に向けて利用調査のようなアンケートを行っており、私もその用紙を受け取ることに。利用目的の欄があったのですが、旅行とはいえ目的地が明確にあるわけではない旅行なので少しばかり戸惑いましたね、、、あまり参考にならないアンケートが1枚入ってしまったかもしれません。
列車は田川後藤寺を出るとすぐにJRの線路とは別れて北上していきます。この地域はすごい都市が発達してるというわけではありませんが、やはり日本の産業革命以来の有数の石炭発掘地帯でもあったために、鉄道がかなり幅を利かせており、この糸田線の東側を並行するように同じ平成筑豊鉄道の伊田線が走っています。ちなみに、この糸田線が走る地域含めかつては多くの炭鉱もあり、その輸送を各路線が各方面へになっていたため、ローカル線とはいえ不要不急路線には認定されず、JRへ移管その後も第三セクター化されて今も地域輸送を支えている歴史があります。
糸田線が走る区間は平たんな区間が多く、並行道路も真っすぐで左右の車窓は田園風景が流れていきます。列車は10分ちょっとで金田駅に到着。ここが伊田線と糸田線の分岐点となっており、平成筑豊鉄道全体で見ても重要な拠点になっていることがわかります。併設の車両基地もあり、ここで車両の入れ替えや状乗務員の交代など頻繁に見られます。
糸田線の田川後藤寺からの列車はこの先伊田線に直通して直方駅まで直通する列車もありますが、今回乗車したのは金田止まり。ここで乗り換えが必要となります。さて、今回の記事はこの金田まで。次回は直方から伊田線と田川線で行橋を目指していきます。ぜひ次回もご覧いただければ嬉しい限りです!ではでは、、、